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尼崎信用金庫
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世界の貯金箱博物館

(貯金箱のお話)

 

世界の貯金箱の歴史、日本と外国の貯金箱の違い、貯金箱がうつす世界の風俗などをご紹介します。

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(1)中国では2100年も前に

貯金箱のルーツというと、アジアでは今から2100年前、前漢時代のもので、中国の雲南省、王(てんおう)一族の墓から出土した「貯貝器(ちょばいき)」だろうと考えられています。
 これは、青銅製で円形筒型をしており、当時は「子安貝(こやすがい)」がお金として使われていたので、貯貝器はつまりお金を貯める器といえるでしょう。
 ですから、今も財貨に関する漢字には「貝」という字がくっついているのです。

(2)ヨーロッパでは、教会献金箱がルーツ

ヨーロッパでは、貴金属の小片などをいれてもらうために教会に置かれた「献金箱」が貯金箱のルーツといわれます。 これは貨幣が登場する前から使われており、古代エジプトやギリシャ、エルサレムなどの古い遺跡で発見されています。 やがて、紀元前7世紀頃に貨幣が生まれ、アテネやオリンピア遺跡からは紀元前300年頃の宝物寺院の形をした貯金箱が発見されています。 これは粘土製で、テサウロス(Thesauros)と呼ばれ、やがてトレザー(Tresor 金庫)という言葉の語源になったといわれるものです。


さらに、古代ローマの遺跡からは3〜4世紀の洋梨型の陶器製貯金箱が数多く見つかっており、当時の人々が貯金箱と深くかかわっていたことがわかります。 この貯金箱の型は女性の乳房をかたどっているともいわれ、ヨーロッパの貯金箱の伝統的な形として、イタリアなどでは現在もこの形の貯金箱が使われています。

(3)日本では、縄文時代のカメが元祖・貯金箱?!

それでは、日本の貯金箱のルーツはというと、縄文時代の末頃から現れる「甕(かめ)」ではないかと考えられています。
 その頃、稲作が始まり、種もみや穀物を貯える必要が起こってきました。甕は口よりも胴の部分が大きく、内部が広くて物をいれておくのに適した形です。 「貯える」「備える」という考えが、この頃から始まっているといえます。だから、甕や壺(つぼ)は貯金箱の元祖というべきものでしょう。
 室町時代あたりになると、壺の形も使用目的に分けて作られています。 その中のひとつに、伊賀で焼かれた「せんべい壺」という深さ28センチぐらいの壺があります。 この壺は銭が入って出土するので、「せんべい」とは「銭瓶(せんびょう)」の意味ではないかと思われます。 とすると、これは具体的に名づけられた貯金箱の祖先といえそうです。

(4)中世ヨーロッパに、鍵付き貯金箱が出現

ヨーロッパでは中世に入ると、金属の精錬や加工の技術が発達し、各国王朝の華やかな宮廷生活や貴族文化を思わせる見事な細工が施された貯金箱も登場しました。 使われている材料も鋳鉄(ちゅうてつ)、真鍮(しんちゅう)、錫(すず)、金、銀などと多彩で、18世紀始めまではシリンダー形の鉄の貯金箱に人気がありました。
 その後、形はビールをのむときのジョッキ型のものが多く作られました。 この時代のものはすでに南京錠が取り付けられ、コインの入口には抜き取り防止の止め金が付けられるなど、中身を守る工夫も進んでいます。
 また、この頃に動物の形をした焼物の貯金箱も各種作られ、こちらは日本のものと同様、一杯になると割って取り出すスタイルになっています。

(5)花のお江戸は、ご存じ千両箱

わが国では、江戸時代に入ると徳川家康によって貨幣制度がととのえられ、それにともない商業活動が盛んになりました。
 しかし、この時代の金融は「両替屋(りょうがえや)」「掛屋(かけや)」「札差(ふださし)」「頼母子(たのもし)」など、武士、商人や農民の一部など、ごく限られた人々に対するもので、一般的なものではありませんでした。
 このため貯金箱と呼べるものも、よくご存知の千両箱や商家が使った木製の銭箱、また、広く庶民の使った竹筒に入れ口を作った銭筒、それに銭壺がある程度でした。

(6)明治時代、やきものの貯金箱が全盛

日本で、今のような公共的で国民大衆を対象とした金融のしくみができたのは、明治になり欧米の近代的な制度がとり入れられてからです。
 明治時代に入り、銀行制度や郵便貯金制度がととのい、国民一般から受け入れられたお金は、金融機関を通して、いろいろな産業の発達のために使われました。
 開国後の富国強兵や産業振興のため、勤倹節約の思想が高まるとともに、貯金箱も江戸時代の壺や銭箱、銭筒に代わって、一般の人々を対象としたものがたくさんあらわれるようになりました。
 明治初期の貯金箱は一般に「貯金玉(ちょきんだま)」と呼ばれていました。これは、持っているとどんな願いごともかなう "如意の玉(にょいのたま)"つまり「宝珠(ほうじゅ)」を形どっています。 大きな目的のために小銭を少しずつ貯める器として、これを選んだ先人の知恵はさすがといえるでしょう。
 それにしても、この宝珠と2,000年前のヨーロッパの洋梨型の貯金箱をくらべると、とてもよく似た形をしているのは不思議な気がしますね。
 さて、「貯金玉」は東京・浅草の今戸焼が発祥ではないかといわれます。 その後、各地の窯元でも、その土地土地に古くからある郷土人形や民芸品に穴を開けたものがあらわれました。 とくに、えびす、大黒、ほてい、だるま、福助、招き猫など、縁起物の置物は、いち早く貯金箱に変身することになりました。

(7)アメリカでは、カラクリ貯金箱が大ブーム

その頃、アメリカでは鉄製の仕掛けのあるカラクリ貯金箱がブームとなりました。
 その中でおもしろいものを紹介しますと、犬の口にコインを置いてレバーを押すと、犬がとび上がってピエロの持った輪をくぐり、樽の中へコインを落とす「トリック・ドッグ」といったものがあります。
 こうしたカラクリ貯金箱は実に300種類も作られたといわれ、それぞれの仕掛けが特許を認められているほどです。

(写真をクリックするとカラクリ貯金箱の動きを動画でご覧いただけます。)
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(1)似ている似ていない? どちらも好きな縁起物

ここで日本と外国の貯金箱を比較してみますと、第一にどちらも縁起物が多いという点が似ています。
 日本については先に紹介しましたが、外国では古くは金の卵を生むニワトリ、勤勉な蜜蜂と蜂の巣、幸運を呼ぶてんとう虫、慎重な亀、かしこい象など、多彩です。とくに、豚はニワトリとともに古くから貯金箱に使われました。
 これは多産、謙虚さ、有用性などから幸運のシンボルとされたほか、村民がお金を出し合い、貧しい人のために豚を買ったという「アントニウスの豚」のお話しに由来しているという説があります。

(2)日本のものは割って取り出すタイプが多い

2つ目は、欧米のものは鍵つきが多く、お金が一杯にならなくても、鍵をあけさえすれば、必要に応じて使えます。
 これに対して日本のものは割らないとお金が取り出せないものが多く、一杯に満たすことを心掛けさせ、一杯になっても割るということに、心理的な抵抗を感じさせてしまいます。 ただ、ひたすら貯める、というのが特徴です。 これは日本の貯金箱が「貯める」器として登場したのにくらべ、西欧のものは「献金」の器としてあらわれたという文化の違いによるものかもしれません。

(3)硬貨を入れる穴が違う

3つ目の特徴は硬貨を入れる穴のあけ方の違いです。例えば、外国の人形の貯金箱で頭のてっぺんをタテに割ってコインの投入口を作ったものがあります。日本のものにはこのようなドライな穴のあけ方は、まず無いといっていいでしょう。
 日本のものは、できるだけ頭を割ることをさけ、背中や肩などに硬貨の投入口を設けていることが多く日本人らしい優しさがみられます。

(4)時代を反映

4つ目はどの国の貯金箱も時代の意識や生活感情をよく反映しているということです。 貯金箱をみていると、世界各地の流行がよくわかります。

(5)何でできているの?

貯金箱を素材の面からみると、最も古いものは土で、その後、文明の発達とともに焼物、青銅、鉄、金、銀、銅、その他の金属が使われます。
もちろん、木や紙も用いられ、アジアでは竹も仲間入りします。
その他では皮、ガラス、石膏、ゴム、コルク、珍しいものではヤシの実やその他の果実、布、毛糸、などもあります。
最近はもっぱらプラスチック類全盛の感があります。

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